アナール学園

不実なる街の住人「アナール学派」のブログです。

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アナール学派、死ぬまでに言いたいセリフを考える

ゴールデンウィークということで、友人Sが家に遊びに来た。
遊びに来たといっても夜も更けきった頃だったので、さりとて何をするでもなく、俺は生ぬるいビールを飲み、Sは妙に裸の多い雑誌を読んでいた。
コンポからは、当たり障りのないのっぺりとした音楽が流れ、テレビはプロ野球の結果を淡々と映し出していた。部屋にはタバコの煙が満ち、うっすらと霧がかかったようになっており、何の役にも立たない空気清浄機が、まるで悪夢にうなされているかのような音を立てている。テーブルの上には大小様々なビールの空き缶が乱立しており、灰皿からは吸殻があふれかえって黒い灰がこぼれ落ちていた。
その風景は、なんだか独身男の悲哀を濃縮したようなものであり、部屋をそのまま美術館に持って行って『不毛』というタイトルでもつけて飾っておきたいような雰囲気に満ちていた。

「死ぬまでに言いたい言葉ってあるか・・・?」
Sが突然そんなことを呟いた。それはまるで雑誌の中の裸に語りかけているような感じだったので、俺は危うくそれを聞き逃してしまうところだった。
「何だ、それは?」
俺は、頭の中に広がっていく酩酊をじんわりと感じながらそう言った。
「いや、死ぬまでに言ってみたいセリフだよ。何かないのか?」
Sがやっと雑誌から顔を上げ、俺の目をまじまじと見つめながらそう言う。
突然にそんな珍妙な質問を浴びせかけられた俺は、Sの目をまじまじと見つめ返すしかなかった。
「だーかーらー・・・」
「あ、いや、それはわかった。しかしなあ・・・。そんなもの考えたこともないな・・・」
俺はそう言ってあごを撫でる。堅い無精ヒゲがチリチリと音を立てた。
「お前はどうなんだ?何かあるのか?」
俺がそういうと、Sはニヤリと微笑んだ。
「俺は・・・そうだなぁ・・・。騎士団の誇りにかけて、ここは俺が守り抜いてみせる!!ってのがいいなあ・・・」
Sはそう言うと、満足そうにうなずいた。
俺はそのセリフにあっけにとられ、絶句した。
(何だ、そりゃ?何なんだ・・・?そうだ、これはギャグに違いない。笑わなければ)
俺はそう思って、顔の筋肉を、いささか不自然にでも笑ったように動かそうとした。
しかし、次の瞬間、俺は深い感動にとらわれた。
よく考えてみれば、それはなんとも素晴らしいセリフじゃないか。
まず、「騎士団」という言葉がいいではないか。鎧をまとい、剣をふるって敵と戦う。それも、騎士団というからには同じ志の仲間と共に戦うのだ。日頃、敵か味方かもわからないような無名の人々の中で、剣でぶった切るといった明快な解決方法からは程遠いような、泥臭くこんがらがった問題に煩わされている身からすれば、なんと魅力的な言葉だろう。
そして、「誇り」という言葉がまたいい。なにしろ、今の我が身にはそんなものは無いからだ。あるとすれば、お世辞にも誇りとは言えないようなケチ臭い保身のための自尊心だけだ。胸を張って誇れるものなど何も無い。誇り。誇り。なんと素敵な言葉だろう。
加えて、「ここは俺が守り抜いてみせる」、というのが実にいい。俺には守るべきものなどない。いや、多少はあったとしても何ともくだらないものだ。それに、例えそのくだらないものを守ることになっても、守り通せるのだろうか?守ってみせる、と豪語できるほどの何かしらの力があるのだろうか?きっと、尻尾を巻いて逃げ出すに違いない。ここは俺が守り抜いてみせる!ああ、これまたいい言葉だ。いい。いい。実にいいではないか。
「いやー!いいね、そりゃ!」
俺はいささか興奮気味にそう言った。
「あれだろ?これは、守り抜きつつも最後の敵と刺し違えて死ぬんだろ?」
「そう!そうだ!で、後は任せたぞ・・・とつぶやいて目を閉じるんだ!」
Sもいささか興奮気味にそういう。
その後は、もうすごい勢いだった。死ぬまでに言いたいセリフが次から次へと挙げられていく。
「あいつと戦えるのは俺だけだ・・・、お前らは下がってろ!」
「ついに来たか、この時が。どちらが正義か、はっきりさせようではないか!」
「まだ死ぬわけにはいかん!最後の一太刀、あいつに打ち込むまでは・・・!」
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
きりが無かった。きっと、言いたいセリフは、今までに言ってきたセリフより遥かに多いのだ。俺は希望に爛々と輝く目でそう思う。
(ああ、陰気臭い不毛な部屋だと思っていたが、そんなことは無いではないか!こんな素晴らしい言葉で満ちている!そして、ここに過ごす我々には、こんなにもまだ夢があるのだ!博物館になんて飾ってやるものか!)
そして俺とSは深い満足感と酔いに満たされ、眠りについたのだった。

次の日、興奮も冷め遣らぬまま、俺はH子と会った。
H子は俺の高校の後輩で、俺よりもずいぶんと歳が離れているが、歳の割にはしっかりとした友人だった。
俺はH子に会うなり、さっそく質問をぶつけてみた。
「死ぬまでに言いたいセリフってあるか?」
そう言いながら、俺は心の中でこう思っていた。
(大いに戸惑うがいい、若者よ!そして俺に聞け!そうすれば教えてやろう、あの素晴らしいセリフを!「騎士団の誇りにかけて、ここは俺が守り抜いてみせる!」という独身男の輝かしい叫びを!)
しかし、H子はしばらくの間考えると、ぽつりとこう言った。
「昨日は徹夜で勉強したって言いたい。私、テスト前とか徹夜で勉強したこと無いから、そういうのに憧れるわ・・・」
それを聴いた瞬間、俺の中ではち切れんばかりに膨らんでいた何かが急激にしぼんでいくのが感じられた。
「あー・・・。そ、そうか・・・」
俺は、気の抜けた声でそう言った。
「さすが・・・。なんというか・・・、真面目だねぇ・・・。大人だねぇ・・・。えらいねぇ・・・」
馬に乗って戦場を駆け回る騎士団、いつの間にかその馬は竹馬に変わっていた。そして鎧はダンボールに、剣は土産物屋で買った安っぽい木刀になっていた。響き渡る激しい怒号は、よくよく聞いてみれば、キャッキャと楽しそうに戯れる声だった。どうやら、今日のオヤツをめぐって公園でチャンバラごっこをしているらしい。
「あなたは?どんなセリフがいいの?」
H子はそう言った。
「さあ・・・。なんだろう?考えたことも無い・・・」
俺はポツリとそう言って、足元の小石を蹴った。小石はあらぬ方向に飛んでいき、道の端の草むらの中に消えていった。
H子は「何それ?」とでも言いたそうな怪訝な顔で俺をじっと見ていた。

「博物館にようこそ・・・。これこそが、無名無実たる独身男の私が作り上げし『不毛』でございます・・・。この悲哀に満ちた作品を、どうぞ御覧あれ・・・」
どうやら、これが死ぬまでに「言い続けなければならない」俺のセリフらしい・・・。
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  1. 2005/05/11(水) 01:00:17|
  2. 中の人の日常|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:2
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コメント

分かる!

分かるなぁそれ。
男と女は別才を持つ。
互いの才を理解し合える相方を探しに、いざ、戦場へ!
  1. 2005/05/11(水) 22:21:08 |
  2. URL |
  3. 改 #nVoyyyuY
  4. [ 編集]

どもども!

この歳になると、男のほうがロマンティストだということが、痛いほどわかってきます…。
しかしながら、騎士として生きて、お姫様を守っていきたいものです。
  1. 2005/05/18(水) 21:59:36 |
  2. URL |
  3. アナール学派 #-
  4. [ 編集]

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