アナール学園

不実なる街の住人「アナール学派」のブログです。

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縁の下の快楽

6188.png

(この画像は、とあるサイトの掲示板に投稿したものの再利用です)

学生の頃、友人の家でかくれんぼをして遊んだことがある。
友人の家族が旅行で外出中だったので、家全体を使っての豪勢なかくれんぼだった。しかし、普通にやっては面白くないということで、家中の電気を消して、月明かりだけを頼りにやることにした。


ソファーに足をぶつけたり敷居でつまずいたりしながら、隠れたり見つかったりを何度か繰り返すうちに、僕が鬼になった。
真っ暗な中でやっているといえども、ずいぶんと目が慣れてきていたので、順調に隠れている者を見つけることができた。
しかし、最後の一人がどうしても見つからない。
いくら家全体を使っているといえども、外でやっているのではない。隠れる場所にも限界があるはずなのだが、全然見つからないのだ。
途方に暮れつつも探し回っているうちに、痺れを切らしたのか、見つかって居間で酒を飲んでいる友人の一人がヒントをくれた。最後の一人が隠れている部屋を教えてくれたのだ。
僕は嬉々として、スパイの情報を頼りに、その部屋を探した。
しかし、見つからない。まったく見つからない。押入れの中、机の下、隠れられそうなどこを探しても見つからない。もしや、と思って天井を見てみたが、友人の中にスパイダーマンはいないようだった。
進退きわまり、友人の中に透明人間がいるのかもしれない、と思い始めていたその時、小さな笑い声が聞こえた。最後の一人の声だ。声のする方を向き、僕は飛び上がるほど驚いた。
「いた…!」僕は思わず、そう声を上げてしまった。
なんと、最後の一人は机の上で、丸くなってうずくまっていたのだ。その下を何度も覗き見て、しかも何度も目にしたはずの机の上だ。勿論、頭から何かをかぶっていたわけでも何でもない。ただ、机の上にいただけだったのだ。
油断した、としか言いようがなかった。彼は僕の「どこか、わかりにくい場所に隠れているはずだろう」という先入観の裏をかき、どこにも隠れずに、なんともわかりやすい所にいたのだ。「灯台下暗し」とは、まさに、この馬鹿げたかくれんぼのために用意されていた言葉だったのだ。
あ然とする僕を見て、彼は抑えていた笑いを一気に吐き出した。
僕は悔しかった。悔しさのあまり、天井に張り付きたくなるほどに悔しかった。
しかし、僕は、友人を見つけられらなかったことに悔しさを感じていたわけではなかった。
その友人がうらやましかったのだ。
彼は見ていたはずだ。机の上という高みから、僕が部屋中を必死になって探し回っている姿を。途方に暮れて何度もため息をつく姿を。あまつさえ、奇妙な錯覚にとらわれて天井を見上げていた姿を。
そう、彼は僕を、僕の一挙手一投足を悠然と覗き見ていたのだ。
それが、とてつもなくうらやましかった。彼が覗くことの快楽を堪能していたのがうらやましかったのだ。

と、なぜ突然こんな話をしたのかと、訝しがられる方もおられるかもしれない。
こんな話をしたのは他でもない。とあるゲームをやって、この時の「うらやましさ」を、数年ぶりに満足させることができたからなのだ。
そのゲームの名は『メタルギアソリッド3』。PS2のソフトだ。
コマーシャルをご覧になった方はご存知かと思うが、このゲームの内容、一言で言うと「かくれんぼ」なのだ。
詳しいことは省くが、このゲーム、特殊部隊に所属するダンディーな兵士スネークが主人公で、そのスネークを操作して、いかに敵に見つからないように任務を果たしていくか、という内容なのだ。
スネークは、草むらに身を潜め、建物の影に滑り込み、水の中に潜り、時に変装してまで武装した敵から隠れる。見つかれば多勢に無勢、命はない。まさに、命を賭けた真剣なかくれんぼが、このゲームの醍醐味なのである。
このゲームは、実に、覗くことの快楽を満足させてくれた。
僕が覗くことの快楽を特に満足させられたのは、こんなシチュエーションにおいてだった。
一軒の小屋。そこには強力な武器が隠されている。我らがスネークとしては、実にそれを手に入れたいところだ。しかし、その小屋には敵の部隊がびっちりと張り付いている。正面から訪れて、玄関のインターホンを押してコンニチハというわけにはいかない。そこで、スネークはどうしたか…?隠れたのだ。スネークは、小屋の縁の下にホフクで入りこんで身を隠した。そして、そこから敵を銃で狙撃する。倒れる敵。異常を察した他の敵たちは、慌てて小屋から飛び出し、辺りを必死になって探索し始める。しかし、スネークは見つからない。そして、もう一発。悲鳴を上げて倒れる敵。辺りは騒然とする。敵たちは出所不明、正体不明の攻撃に驚き、慌てて小屋の周りをグルグルと回る。それでも見つからない。縁の下で身を横たえるスネークの目の前を、混乱して走り回る敵の足が通り過ぎていく。そして、また一発…。
なんとも快感だった。見られることなく見る。この覗きの単純かつ深い喜びが、全身を駆け巡った。暗闇の中、僕を見ていた友人も、この甘露を味わっていたのだ。
敵兵を全て倒し、堂々と地上に現れたとき、僕は心の中でこう叫んだ。
(覗きって楽しい!!!)
と、ここまで書いていたものを読んで、顔をしかめる方がおられるかもしれない。
「なんと言う悪趣味なことを!」「覗きなんて下劣な行為だ!それを楽しいなどと言うとは!」とおっしゃる方がおられるかもしれない。
まあ、それは正論だ。某芸能人の名前を出すまでもなく、覗きというのは陰湿で反社会的な行為、不潔で不道徳的な行為とされて、特別に嫌われている。
僕も、ここで犯罪を勧める気はさらさらないが、よく考えてみてほしい。
皆、覗きの楽しさは知っているはずだ。人に見られることなく、自分だけが相手を見る。これが楽しくないなどという人は、まずいないだろう。逆に言うのなら、その生々しい楽しさを知っているからこそ、人は覗きという行為を生理的な次元で忌み嫌っているのではなかろうか?
サルトルはこの世界を、人々がお互いの「まなざし」によって、お互いを意識において事物的な対象にし合う、つまり相手を「物」のように見ようと躍起になっている世界だと言い、世界を「相克(conflit)」の場だとした。そして、結局そのような合い争う世界においては、「地獄とは他人のこと」となるのだという。
このサルトルの現象学的見解は、いささか極端に聞こえるかもしれないが、完全に否定できるものではない。我々は(特に、見た目によって人間の価値が左右されるという要素が大きい時代に生きている我々は)少なからず他人のまなざしというものに、常に脅かされ、ひどく恐怖を抱いているのではなかろうか。
ならば、その恐ろしい他人のまなざしという地獄からの業火を逃れ、こちらが一方的にまなざしを向けられる覗きという行為が快感であるという結果は、当然のことといわざるを得ないのではなかろうか。
いやはや、なんだか覗き行為を、意地でも正当化しようとしているようだ。
だが僕は、ある部分においては、人間は覗き行為を「するべきである」と思う。
試しに、何でもいいので筒状のものを用意して欲しい(トイレットペーパーの芯なんかがあれば最高だ)。そして、それを万華鏡を見るように目に当てて、世界を「覗いて」ほしい。
そこには、なんとも新鮮な世界が広がってはいないだろうか?日頃目にして慣れきり、何の注意も払わなかった景色が、命を取り戻したように輝いてはいないだろうか?
これこそ、僕が覗きを「するべきである」と言う理由である。
我々は、視界と共に意識を拡散して生きている。これはつまり、見たものが多くなればなるほど、それに向ける関心が分散して薄れていくということだ。
生を受けてから、あまりにも長くこの世界で過ごしてきた我々は、あまりに多くのものを見すぎて、世界に対する興味を失っている。見すぎることによって、かえって何も見えなくなっているという逆説的な構造を、我々は生きているのではなかろうか?
「退屈な日常」、「刺激のない毎日」、「ツマンネ(・ё・)」、「ひまぁ~、だれかはなそぉ☆」。これらは、我々が見ることに対して習慣的になりすぎて、世界の薄皮しか見れていないことに対する言い訳に他ならないのだ。
我々は一度覗いてみるべきなのだ。そうやって見ることに対して集中し、意識を結集させて世界の薄皮を突き破り、新たに世界を発見しなおすべきなのだ。
ゲームの話題に戻ろう。縁の下で、スネークの目を借りて世界を覗いていた僕。そこで見た景色は生き生きとしていた。行きかう敵の姿が、いつもより、なんと恐ろしく、なんと緊迫感あふれるものだったか。敵の背後で揺れる草木でさえ、なんと存在感に満ちていたことか。たるみきった視線で見られる現実の草木よりも、なんと「草木的」であったことか。
覗くということは、世界の、驚異に満ちた原初的光景の再発見の方法なのだ。
僕はこのような意味で、覗くことをお勧めする。
覗くことを通じて世界は再生し、再生した世界は、また再び素晴らしい光景を我々に贈与してくれるであろう。
そう、かくれんぼをしたあの日の友人のように、輝ける世界は、すぐそこにひっそりとたたずんでいるだけなのだから…。
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  1. 2005/06/08(水) 05:37:20|
  2. アナール学派の雑感|
  3. トラックバック:0|
  4. コメント:6
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コメント

なるほど、だからアナール学派さんはよく「暇、退屈、刺激のない、ツマンネ」って言う人に反応してたんですね。納得しますた。
かくれんぼをしたあの日の友人さんも、あなたのゲームしている姿を今でもどこかで見ていることでしょう。
ギャ━(゚∀゚)━ス!!w
  1. 2005/06/10(金) 01:28:54 |
  2. URL |
  3. 改 #nVoyyyuY
  4. [ 編集]

どもども!

そうなんですわ。
ヒマと言うヒマがあれば何とかしろ、と思っちゃうんです。
まあ、大きなお世話なんだろうけどw

リアル覗きは困るけど、覗かれる快感ってのもどこかにあるんでしょうなぁ…
ムフーッ!!!
  1. 2005/06/13(月) 21:05:00 |
  2. URL |
  3. アナール学派 #-
  4. [ 編集]

とりあえず拾って生かそうという姿勢は
こんな思いがあったからなのですね

アナタが育てている姿はしっかりと目に焼き付けてますよw
  1. 2005/06/27(月) 03:03:48 |
  2. URL |
  3. CIBER #-
  4. [ 編集]

どもども!

たまに、どう頑張っても拾いきれない人もいますがw
まあ、根はいい人が多いので、拾いがいがあるのも確かですw

せっかく目の前にいるのに、「ヒマー」といわれると、体がうずいてしまうってのもあるんですがw
  1. 2005/06/30(木) 01:09:31 |
  2. URL |
  3. アナール学派 #-
  4. [ 編集]

今私の部屋で飼っている子猫5匹たちは
私部屋と、部屋の目の前の階段と階段のおどり場を
自由に行き来できるようにしてあります。
そして私は朝晩ヒマがさえあれば子猫の数を確認している毎日です。
(5匹確認できないと不安で不安でww

そして昨日の仕事帰りの私。
またいつものように自宅に戻って部屋に到着するまでの
私の目は必死に子猫を探し求めていましたw
しかし、いない!! しかも一匹もいないっ!
今までそんなことありえなかったんです。
たいてい一匹くらいはすぐに見つかって
その後次々と発見して5匹のカウントを終えるはずなのに。
自分が知る限りの子猫の隠れ場所を確認したけれどいない。
「・・・まさか、母猫が外に連れ出したのか!?」
と言っても、子猫をくわえたまま行けそうな出口もないし・・。
両親にも確認したけれど何の手がかりもなく・・。

・・・とここまで書けば、
なんとなく分かっていただけているかもしれないのですが、
そうです。
さんざん探してまた自分の部屋に戻ってみると
窓際にある私の机の上に全員揃って寝てました。
(中の数匹は、私の焦りようにキョトン顔でwww
安心してヘナヘナヘナ・・・と座り込んだとたん
こちらの書き込みを思い出しましたww
冷静に部屋を見渡してみれば一つしかない窓の手前、
子猫の姿はくっきり映し出されてとても目立っていたのです。
こんなことってほんとにあるんですね♪
っていうか私が鈍感ってだけかw (暗闇でもないのにww

  1. 2005/07/10(日) 17:17:30 |
  2. URL |
  3. タナカ #-
  4. [ 編集]

どもども!

まあ、そんな可愛いエピソードが!
でも、こういうときって、探してる方は必死なんですよねw
ご苦労様でしたw

大切なものというのは、一つでも居場所がわからなくなると、もう、いてもたってもいられなくなりますね。
私も、どうしても見つからない本があるときは、必死になって部屋を探し回ります。
その結果、汚い部屋が余計に汚くなってしまうことが多々ありますがw
『新約聖書』にも「あなた方の中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで探し回らないだろうか」という記述があります。
どうやら、大昔から人間というのは、そういうものらしいですw

「朝晩ヒマがさえあれば子猫の数を確認している」とおっしゃっていますが、子猫が大きくなって、もっとやんちゃ盛りになったら大変ですね。目が回ってしまうかもw
メーテルリンクの『青い鳥』では、探していた幸せの青い鳥は、結局自分たちの家にいたというオチでしたが、ミカエルさんの「幸せの子猫達」は、成長するにつれて、もうちょっと厄介なオチを用意してくれそうですねw
頑張れ!
  1. 2005/07/11(月) 00:31:38 |
  2. URL |
  3. アナール学派 #-
  4. [ 編集]

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