アナール学園

不実なる街の住人「アナール学派」のブログです。

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アナール学派、お見舞いに行く

激しく花粉が飛び交う中、鼻水をたらしながら朝一番に病院に向かった。
別に俺が病気になったわけではなく、とある男が入院したので、そのお見舞いだ。その男とは、ひょんな偶然から知り合った昔からの仲だった。
やっとのことで駐車場にスペースを見つけ、そこに車を突っ込んで病院に入る。その病院は古くからあるらしく、意味ありげな陰鬱なシミが壁に無数に浮かび上がり、あらゆる薬のニオイのカクテルが充満していた。パジャマを着、悟りを三回ほど開いたような放心した顔の患者達の間をすり抜けて、男のいる病室に向かう。

病室のドアを開けると、いきなりその男がベッドのうえで仰向けに横たわっているのが目に入る。
「どうも病室がどこも満室らしくてな、三人部屋に四人入ってるんだ。せまっくるしくてすまないな・・・」
男はそういって弱弱しく笑う。腕からは点滴の管が伸び、その中に逆流した血が溜まっている。真っ白なシーツの上で、その管が妙に鮮やかに見えた。
俺はお見舞いのスポーツ新聞を手渡すと、近くにあったしょぼくれたイスに座った。
男は脳梗塞で入院していた。しかし、派手にぶっ倒れて救急車で運ばれて・・・というのではない。三日ほど前、豆腐屋のトラックにオカマをほられ、頭の検査のためにMRIをとったところ、脳に小さな影が映っているのが見つかったのだ。
「人間何が幸いするか分からないな。あそこで見つからなかったらどうなってたことか・・・。まさに、豆腐屋さまさまだな」
そういって男は、また弱弱しく笑った。
俺は辺りを見回す。部屋はカーテンで仕切られており、その向こうからは、かすれたうめき声や痰で咳き込む声が聞こえる。どうやら他の先輩方は相当重症なようだった。
俺はそんな痛々しげな音をできるだけ耳に入れないようにし、男に話しかける。
「で、どんな感じなんだ?そんなに凄いことにはなってないと聞いたが」
俺がそういうと、男はうなずいた。
「脳のな、真ん中あたりに米粒より小さな血の塊があるそうだ」
そういって男は指で小さな小さなわっかを作ってみせた。小さな頃よく一緒に遊んだ指。虫取りをし、カブトムシをつかんだ指。それは相変わらずごつい指だった。
ひとしきり雑談をする。くだらない話だ。やれ野球がどうの、ホリエもんが好きだとか嫌いだとか。しかし、男の顔色がどんどんとよくなっていく。
「ここは暇でな。それに、よく眠れないんだ。夜中になると他の患者さんの具合が悪くなるから、看護婦さんが、ひっきりなしに出たり入ったり・・・。好きなタバコも吸えないし、ここにいると病気になりそうだ」
そういった男の笑顔はずいぶんと明るくなっていた。それは、ずっと昔から、面白いことを二人で分け合った時に見せる笑顔だった。
「ちょっと・・・悪いんだが・・・」
突然男がそういって指をさす。その先には尿瓶がぶら下がっていた。
「おお、そうか。悪い悪い」
「いやいや、いいんだ。それとも手伝ってくれるか?」
二人はお互いに笑う。そして、俺はいったん病室を出た。
廊下は、静寂ともざわめきともいえない声で満ちていた。ヒソヒソ話が床に降り積もって、時折忙しく通り過ぎる看護婦の靴がそれをまきあげる。そんなふうに声がフワフワと舞っているようだった。
壁にドガの絵がかかっていた。花を持った踊り子の絵。しかし題材の華やかさからは程遠く、絵は暗い雰囲気に包まれていた。踊り子の顔は下から光を受け、なんとも不気味な影に覆われていた。よく子供を怖がらせる時に懐中電灯で顔を下から照らすが、まさしくそんな感じだった。
何とも悪趣味なことをする病院だな、と俺は思う。こんなものを病人に見せたら、生きる気力もなくなってしまうだろうに・・・。
俺は軽い憤りを覚え、絵から顔を背けるように隣の病室に目をやる。その病室は半分ドアが開いており、そこから大仰な機械が顔を出していた。何本ものコードが病室からのびてきており、上のほうに備え付けられたモニターには、ワケのわからない数字が並び、心電図の例の波打つ線が一定のリズムを刻んでいた。
ああ、これが病院の本当の顔なのだな、と俺は改めて思う。人が生まれ、死に、傷が癒えてはまた膿んでいく。希望が音も立てずに静かに腐り果てていく。そんな場所の顔なんだな・・・。
俺は一度入院したことがあるが、それはとても小さな頃だ。だから、こんな病院の顔、まさしくドガの描いた花を持った踊り子のような顔は見たことがない。しかし、あの男はそれを見ている。それも真正面から。死の腕の生臭い温もりを、脳の真ん中にしまいこんだままで。

午後、突然看護婦が病室に入ってきた。談笑していた俺と男は、そのただならぬ気配にハッとする。
「しばらくの間、外に出ないでください」
看護婦はそういうと、ドアを急いで閉めた。
何だろう、と二人は顔を見合わせる。そして、しばらくの間、外の物音に耳を澄ませた。
「何だろうな?」
男が不安げにつぶやく。俺は、さあと首をかしげた。
そして聞こえてきたのは、女のすすり泣く声だった。低く抑えた震えた声。
ああ・・・。と俺は理解した。隣の病室の患者。あの、わけのわからない大きな機械につながれた患者が死んだのだ。
男もそれを理解したらしく、顔を曇らせる。
「亡くなったのかな・・・?ここら辺は重症患者が多いから・・・」
男はそういったが、俺は黙ったままだった。
「ま、テレビでもつけるか・・・」
男はそういって、テレビをつけた。野球がやっていた。男の好きなチームが戦っている。しかし、それを見る男の目は、ボールの行方を追ってはいなかった。それは深い、どこか遠くを見ているような目だった。

お世辞にもうまそうとは言えない夕食が終わると、男が言った。
「そろそろ帰れ、明日、用事があるんだろう?」
俺はうん、とうなずいた。
「まあ、またくるよ。今度何か持ってこようか?」
俺がそういうと、男が弱弱しく微笑んだ。
「いいよいいよ、必要なものは全部そろってる・・・。それより、気をつけて帰れよ、この辺は車通りが多いからな・・・」
「大丈夫だよ・・・、そんなことより自分を心配しろよ」
俺はそういって、しょぼくれたイスから立ち上がった。
「じゃあ・・・」
元気でな、と続けて言おうとしたが、俺はその言葉を飲み込んだ。別れの挨拶をする気には、どうしてもなれなかった。
俺がドアを開け、部屋を出ようとした瞬間、男がおい、と声をかけた。
「お母さんによろしくな・・・。今日も元気にしてたと言っておいてくれ・・・」
「ああ、わかったよ・・・。明日からは、またお母さんもこれるから・・・」
俺は、男に背を向けたまま、顔だけを男に向けてそういった。その時、俺はなんとか微笑もうとしていたが、それは史上最悪の出来だっただろう。
「お父さん・・・大丈夫だよ・・・」
俺がそういうと、男は小さくうなずいた。

病室を出る。隣の病室はもう空っぽになっていた。あまりの手際のよさに驚いたが、こんなことは日常茶飯事、どうってことないことなのだろう。
開け放たれたドアの向こうには、白い壁と白い床。それが電灯の光を受けて冷たく輝いていた。

生まれることも死ぬことも、ひょんな偶然として我々にやってくる。そして、人は決してそれを知ることはできない。しかし、だからこそ人は精一杯にその日その日を・・・と、そこまで思った瞬間、花を持った踊り子と目が合った。
「バカね・・・そんなことは全てくだらない言い訳。たわごとなのよ・・・」
踊り子はそういっていた。俺は顔をしかめると、エレベーターに乗らず、急いで階段を下りて行った。無性にタバコが吸いたかった。
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  1. 2005/04/01(金) 22:34:22|
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