アナール学園

不実なる街の住人「アナール学派」のブログです。

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アナール学派、本屋に行く

本屋が好きでたまらない。
好きで好きでたまらない。
今日も街に出る機会があったので本屋に行く。
古本屋も入れて、十数件をまわる。
ひたすら歩くので足が痛み、腰までが悲鳴を上げる。
80分のMDが何度か入れ替えられる。
まるで、復讐心に駆られた幽鬼のように、休むことなくただひたすら本屋をめざして人ごみの中を突っ切っていく。
本屋はいつも、圧倒的な感動を私に与えてくれる。
はたして人は一冊の本の中に、どれほどの魂を注ぎ込むのだろう?

ためしに一ページでも文章を書いてみるといい。その労苦を知ることができるだろう。ましてや本一冊分となると、もはや考えるだけで脳に霞がかかってきてウンザリする。
しかし本屋には、そんな業を成し遂げた成果がビッシリと並んでいる。魂の結晶、精神のコア、理性の太陽が本棚に所狭しと鎮座している。
私はいつもその光景に胸を打たれる。
あまりの恍惚に、ひざまずいて泣きたくなる。
私は特に哲学書が好きだ。分厚い本が並んでいるところに行くと、彼らが必死にその本を書き上げようとした姿が浮かんでくる。
指の皮を噛み、激しい貧乏ゆすり。疲れきった目とタバコに渇く喉。何度も限界を超え、狂気の縁を転がる脳。
何とも醜く、危うく、官能的な人間の姿だ。
今日も彼らは私を迎えてくれた。
毒の霧と化したソクラテスと、それで理想のダッチワイフを膨らまそうとする洞窟の中のプラトン。
罪の傷を覆うかさぶたを剥がしては、一枚一枚聖書に貼り付けるアウグスティヌス。
酸で手を洗い続け、骨となった指先をなおもこすり合わせては、その音に満足そうにうなずくデカルト。
猜疑心に満ちた小動物の目で周りを見回し、捻じ曲がった自尊心にひたすらチーズを塗りつけるカント。
スプーンに乗せて炙り溶かしたグラム数万円の理性を、注射器で血管にぶち込んでは、涎をたらして敵に抱きつくヘーゲル。
鏡に映った自分を鞭打ってはその姿に興奮し、砕け散った鏡の破片の上に覆いかぶさって血だらけで腰を振るキルケゴール。
崖っぷちに立ち、虫眼鏡で太陽を睨み続けて梅毒で腐った脳を消毒しようとするニーチェ。
放心状態でブツブツとつぶやきながら、大地に寝そべって失禁するフッサール。
音のない部屋に閉じこもり、震える指先で自分の体にびっしりと記号を刺青し続けるウィトゲンシュタイン。
ナチスの軍服を着て、広大な砂漠の中心で女を抱きながら泥遊びをするハイデガー。
女装をしてタバコを何本も咥え、母親の情交を覗き見てはひたすら自慰をするサルトル。
・・・・・・
・・・・・・
・・・・・・
数え上げればきりがない・・・。
彼らの熱が、臭気が、聖性が本を通して空間を埋め尽くしている。
私はそれに溺れる。
ゴボゴボと感嘆の吐息を漏らして沈んでいく。
私にとって本屋とはそういう場所だ。ただひたすらに圧倒される場所なのだ。
十数件の本屋を回り終わった私は、数冊の本を買っていた。
一滴の水も飲まず長く歩いたので、喉が乾ききっている。
私は満足しきって家路についた。
こんな感じだから私の家にもまた、本があふれている。
私の人工楽園、それはインクと紙の匂いにあふれた世界なのだ。
明日からもまた、私は紙魚(しみ)のように本の隙間をうごめき続けるだろう。
本でできた塔が崩れ落ち、歓喜の中で押しつぶされるその日まで・・・。
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  1. 2005/04/04(月) 20:25:42|
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